医療・介護の課題解決を加速する|責任者のためのAI思考整理5ステップ

株式会社QUESTUP 木村祐基 理学療法士 日本10Xナビゲーター(企業のDX推進)
医療・介護施設の経営層や事務長の皆様は、日々、複雑で正解の見えにくい課題に直面しています。「職員の定着率をどう上げるか」「限られた予算でどう収益を改善するか」「地域連携の最適解は何か」—これらは、一般的なデータだけでは解決できません。
DX推進担当者が最新のAIツールを導入しても、その意思決定の根幹となる「思考」が整理されなければ、結果は誰にでも当てはまる"一般論"に終わってしまいます。
この記事では、あなたの持つ現場の経験と知恵を最大限に引き出し、AIを「思考のパートナー」として活用するための画期的な5つのステップをご紹介します。これは、高額なシステム導入よりも、明日からすぐに始められ、意思決定の効率を劇的に高める、最も強力な「思考のDX」です。
経営層が陥る「AI疲れ」とは?従来の質問形式の限界
多くのビジネスパーソンが、チャットAIに対して完璧な質問(プロンプト)を投げかけようと試み、その労力に疲弊しています。これが、私たちが提唱する「AI疲れ」の正体です。
AI主導の「命令形」があなたの思考を縛る罠
従来のAI活用は、「〜を5つ提案してください」「〜を分析してください」といった、AIを主語(You)とした命令形が中心でした。この形式では、私たちは賢い部下であるAIをどう動かすか、という指示出しにばかり神経を使います。
しかし、あなたが本当にやりたいのは、AIに完璧な指示を出すことではなく、目の前の経営課題を解決することのはずです。質問を考えることが、新たな作業として増えてしまい、本末転倒の状態に陥ってしまいます。
現場の一次情報が活かされない一般論の回答
AIは一般的な知識は豊富ですが、あなたの施設特有の「あの職員の特性」や「先月のレセプトで発生した特記事項」といった、現場で得た一次情報は知りません。
そのため、命令形で質問しても、返ってくるのは「デジタル化を強化すべき」「モチベーション向上のための面談を実施すべき」といった、誰にでも言える一般論ばかり。「そうじゃないんだよな…」と落胆した経験はありませんか?
🚨 思考の主導権は「あなた」にある
AIを単なる「答えをくれる先生」として扱うのではなく、「思考を聞き出すパートナー」として扱いましょう。この意識転換こそが、経営の複雑な課題を解きほぐす第一歩となります。
【ステップ1】「私」を主語にする:課題を独り言で全て吐き出す
AIを活用した思考整理の第一歩は、主語をAI(You)からあなた(I)に変えることです。
この方法を私たちは「モノローグ・シンキング」と呼びます。これは、AIに主導権を渡さず、あなたが頭の中で考えていることを、まるで独り言のようにAIに向かって実況中継するという極めてシンプルな手法です。
完璧な文章は不要!頭の中の実況中継から始めよう
会議で話すように論理的にまとめる必要はありません。思いついたこと、不安に思っていること、現場で感じた課題感を、そのままAIに向かって話し言葉で入力してください。
NG例(従来の命令形):
「職員の定着率を上げるための施策を5つ提案して」

OK例(モノローグ・シンキング):
「うちの病棟、最近特に若手の離職が多い気がする。先月辞めたAさんは、夜勤後の疲労を訴えていたな。給料の問題というより、日々の負担感や、教育体制の不透明さが原因のような気がする。私がやるべきことって何だろうか。」

このように、「私(I)は何々を考える」「私(I)は懸念している」から思考を始めることで、AIはあなたの思考を整理する「引き役」として機能し始めます。
💡 モノローグ・シンキングのゴール設定
ステップ1のゴールは、「課題の言語化」です。ぼんやりとした不安や問題意識を、言葉にして外部(AI)に出すことで、脳の自然な思考メカニズムを起動させます。
【ステップ2】現場の「一次情報」を具体的に展開する
独り言を始めたら、次はあなたの持つ現場の一次情報を、遠慮なくAIに展開してください。この情報こそが、一般論の回答を避け、個別最適化された解決策を導き出す鍵となります。
例えば、職員の定着率の課題であれば、「Aさんの夜勤後の疲労」だけでなく、「B病院での成功事例」や「当院の平均残業時間」といった具体的な事実を付け加えます。
比較表1: 命令形とモノローグ・シンキングの思考プロセス比較
| 要素 | 従来の命令形(You must do) | モノローグ・シンキング(I think) |
|---|---|---|
| 思考の主導権 | AIにある | あなたにある |
| 使用情報 | AIの一般知識(ネット情報) | あなたの現場の一次情報 |
| 得られる成果 | 抽象的な一般論 | 個別施設に特化した洞察 |
| 思考の深化 | 監督者として評価するだけ | 思考プロセス自体が鍛えられる |
この段階でAIが「それは素晴らしいアイデアですね」といった相槌を打ってくることがありますが、それが的を射ていなければ、完全に無視して自分の考えを続ければ問題ありません。主導権は常にあなたが握っています。
【ステップ3】意図的に「悪魔の代弁者」をAIに演じさせる
モノローグ・シンキングの唯一のリスクは、AIがあなたに同意しようとするため、思考が偏ってしまう可能性があることです。人間は肯定され続けると、自分の考えが正しいと思い込みやすくなります。
この思考の穴を埋めるために、意図的にAIに批判的な視点を取り入れてもらいましょう。
一通り自分の考えをAIに吐き出し、ある程度方向性が見えてきたら、次のプロンプトを投げかけてください。
「ありがとう。ここまでの私の思考に対し、あなたは『悪魔の代弁者』として、最も厳しい視点から批判してください。このアイデアの盲点、失敗のリスク、未確認の前提条件を指摘してください。」

AIはこの命令で、あなたの思考の弱点や、見落としていたリスクを突くような質問を返してきます。この「痛いところを突かれる感覚」こそが、戦略をより強固なものにするブレイクスルーのきっかけです。
比較表2: 思考深化のための応用テクニック比較
| テクニック名 | 目的 | 投げかけるプロンプト(要約) |
|---|---|---|
| 悪魔の代弁者 | 思考の盲点をなくす | 「最も厳しい批判的視点から、このアイデアのリスクを指摘してください」 |
| 多角的視点の借用 | 複数の専門家視点で検証 | 「財務、人事、リスク管理の専門家それぞれの立場で、この戦略を評価してください」 |
【ステップ4】複数の「専門家」の視点から解決策を検証する
医療・介護の経営課題は、財務、人事、技術など、複数の領域にまたがっています。一つの問題に対して、異なる専門家がどう評価するかを知ることで、思考が立体的になり、より現実的で説得力のある戦略へと進化します。
思考をさらに深化させるために、ステップ3の応用テクニックの一つである「多角的視点の借用」を活用します。
「今の私の計画について、『財務責任者』『現場の看護部長』『DX推進の専門家』の3つの異なる立場から、それぞれどのように評価するかを提示してください。」

これにより、「財務責任者」からはコスト構造の厳しさ、「看護部長」からは現場の運用リソースの課題、「DX推進の専門家」からは技術的な実現可能性と拡張性といった、多角的な評価を瞬時に手に入れることができます。
【ステップ5】「実行可能なアクション」を明確な命令で構造化する
深く考え、批判的に検証し、多角的な視点を得たら、いよいよ「行動」に移す段階です。
モノローグ・シンキングで得られた洞察や、AIが提示した最善の解決策を、最後の段階で再び「命令形」に戻してAIに指示します。
「ステップ4で得られた情報に基づき、実行に移すための『来週の具体的なアクションプラン』を、担当者、期限、KPI(達成目標)を含めて、表形式で作成してください。」

考えるべきところはモノローグ(I think)で深く考え、作業(構造化、表作成、タスクの具体化)はAI(You must do)に任せる。このハイブリッドアプローチこそが、AIを真に使いこなす究極の効率化です。
まとめ:AIは「答え」ではなく「思考のパートナー」です
AIを賢く使う時代は終わり、これからは「あなたの思考に寄り添わせる」時代です。
- 【ステップ1】「私」を主語にする:課題を独り言で全て吐き出す
- 【ステップ2】現場の「一次情報」を具体的に展開する
- 【ステップ3】意図的に「悪魔の代弁者」をAIに演じさせる
- 【ステップ4】複数の「専門家」の視点から解決策を検証する
- 【ステップ5】「実行可能なアクション」を明確な命令で構造化する
この5ステップの「モノローグ・シンキング」を通じて、あなたの知識と経験を起点とした、唯一無二の解決策を導き出してください。

